司馬江漢筆「仙人掌図」 描き更紗表具
日本、19-20世紀
個人蔵
Mounting for "Cactus" by Shiba Kokan
Japan, 19th - 20th century
Private Collection

蜀江文様更紗腰布
インドネシア、スマトラ島ジャンビ、19世紀
福岡市美術館
Skirt-cloth
Jambi, Sumatra, Indonesia, 19th century
Fukuoka Art Museum

はじめに 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章

第5章
新しい更紗をもとめて

 インド更紗は、それがもたらされた地域に大きなインパクトを与えた。それは憧憬の的となると同時に、人々はインド更紗と同じように、容易に色あせない、鮮烈な色彩を木綿布に染め上げようと試みた。日本では17世紀の始め頃から、「シャムロ染」という名の赤色を基調とした染物が作られていた。和更紗はしかし、国内向けであり輸出という発想はなかった。インドネシアでは、自国の更紗(バティック)がジャワ島を中心に発達した。ヨーロッパの更紗制作がインドネシアや日本の更紗制作と異なるのは、家内工業でなく産業のレベルに達したことである。いつのまにか、日本にもたらされる更紗はインド更紗でなくヨーロッパのプリント更紗になった。しかし日本人はそれに新しい名前を与えることなく、「更紗」と呼び続けた。それらがインド更紗から生まれた物である事が、認識できたからであろう。
 本章では、和更紗、インドネシアの更紗、ヨーロッパのプリント更紗を展示する。

Chapter 5
In Search of New Directions

Indian sarasa had a great impact on the regions it was introduced into, not only because people loved its colors and patterns, but also because they experimented with new techniques to dye cotton fabric with the same sort of brilliant, fade-resistant colors. In Japan, a reddish dye called Shamuro dye was developed in the early 17th century, but while Japanese sarasa was made for the domestic market it was not exported. Indonesia also developed its own sarasa variety, called batik, primarily on the island of Java. The manufacture of sarasa in Europe, unlike the cottage industries of Japan or Indonesia, reached an industrial level, and Japanese imports of sarasa gradually changed from Indian textiles to European printed sarasa fabric. The Japanese continued to apply the same name, sarasa, apparently recognizing the new material as carrying on the tradition of Indian sarasa.
This chapter offers a variety of displays of Japanese, Indonesian, and European printed sarasa.

高校生、カンガをデザインする
12月に入って、一通の封筒が美術館に届きました。鹿児島県立明桜館高校から。表書きの 「カンガ」デザイン画在中 の文字を見て、どきどき。なんと、ギャラリートークを聞きに来て下さった、家庭科の鳥飼由紀子先生が、「服飾手芸」の授業でカンガを紹介してくださり、「カンガのデザイン」を自習課題としてくださったのです!生徒のみなさんは先生が購入してくださったカンガを身につけた上で、デザインをしてくださいました。どれも心がこもっていて、メッセージも一生懸命考えられていて、感激!!!全部紹介したいのですが、涙をのんで、その一部を。ケニアやタンザニアの方に見てもらいたいです。明桜館高校2年生「服飾手芸」選択の皆さん、カンガ素敵でした!鳥飼先生、知らせて下さって本当にありがとうございます。(I_I) 

2014年11月24日(月)

そして、更紗の時代は続く
人の思いや言葉には、未来を創る力があるという。
更紗が生命をもって、いろんな場所で生き続けるように、
展覧会のタマシイもきっと生き続けて、変転しつつ、
どこかでまた芽吹く。と、予言しちゃいます(笑)。
作品を出品して下さった皆様、見に来て下さった皆様、
支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。
22日に竹口さんが書いてくださった、更紗の文章を、今こそ味わいつつ。(I_I)


2014年11月24日(月)

とっとっと@ケンビと「更紗の時代」、本日24日が最終です
ほぼ同じ時にスタートした、二つの展覧会が今日終わります。
実は、この2展は、そっと手をつなぎあっていたのでした。
福岡県立美術館の竹口学芸員が、当館のインド更紗の断片を、鹿児島寿蔵さんの紙塑人形と飾って下さると聞いた時、脈拍が早くなったものでした。
ひと月以上「有馬皇子」のそばにつき従っていた、インド更紗の罌粟の花たちは、今日その旅が終わると知っているでしょうか。

ふたつの展覧会、もう一度巡っていただければ幸いです。
16時からのケンビでのクロージングトーク、ぜひご参加ください!(I_I)


2014年11月22日(月)

インドからのお客様
この展覧会のために、急遽ビザをとってかけつけてくださいました。「更紗といえば、ロンドンのV&A美術館、と思っていたけど、これからは日本に問い合わせをすればいいわね。」とはいえ、この方はイギリスの雑誌でこの展覧会のことを知られたのですが…。ともあれ、世界が単線でなく複線でつながっていくことは、嬉しい事です!(I_I) 


2014年11月22日(月)

日本が誇るカンガ
11月16日、2度目のギャラリートークの日。超スペシャルなお客様がいらしていました。第6章で展示をしている日本製のカンガを実際作っておられた方々です。大同マルタ染工株式会社にお勤めだった吉岡悠さんと、昭南工業社にお勤めだった萩原理一さん。御年80歳を過ぎられたお二人が、関西からわざわざ出向いて下さいました。感激のあまり(許可もいただかずに)、トークの最後にお二人をご紹介し、当時のことなどお話いただきました。写真の右側が昭南工業社のカンガ。惚れ惚れするようなデザインです。左側が西日本新聞でも紹介された大同染工のグリーン・ワックス。その色の美しさゆえに売れに売れたそうですが、吉岡さんからは、驚きの発言が。「こんなに色が濃くて、みなさんこれを一度も使ってないとお思いでしょうが、何度も何度も洗濯しているのですよ。」この染料は、時を経る毎に色が深まるという、夢のような染料だったそうです。そして、美しい布を作っておられたお二人は、今も、ため息が出るほどおしゃれで格好良かったのでした。本当にありがとうございました。(I_I) 


更紗展の情報は、福岡市美術館facebookページでもお知らせしています。