高麗雨漏茶碗付属 更紗裂継包裂(左) 草花文様更紗包裂(右)
(左)インドほか、17-19世紀 (右)ヨーロッパ、18-19世紀
福岡市美術館
Wrapping cloths for the tea bowl, amamori type | left: India, 17th - 19th century, right: Europe, 18th - 19th century
Fukuoka Art Museum

南観音山・障屏山水花鳥文様更紗前懸
インド、コロマンデル海岸、18世紀前半
公益財団法人 南観音山保存会
Ceremonial hanging
Coromandel Coast, India, first half of the 18th century
Minami-kannonyama Festival Preservation Society

はじめに 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章

第4章
日本文化としてのインド更紗

 18世紀後半は、日本にとって更紗の社会的地位が、確立した時代であるといってもいいかもしれない。その画期となったのが、『佐羅紗便覧』(1788年)など、インド更紗文様集の出版である。著名な「彦根更紗」(彦根藩井伊家に伝来した、450点の更紗の小片のコレクション)も、同時期の18世紀末に成立したと考えられている。「彦根更紗」の存在は、すでにこの頃、インド更紗は小片であっても珍重すべきものであったということを示している。
 本章では、更紗が日本の文化に浸透していく姿をたどる。江戸時代の後半における抹茶道と煎茶道それぞれの、更紗愛好の姿を見る。また、特別に19世紀に京都・祇園祭の南観音山の懸装品に用いられたインド更紗とその関連作品を展示する。南観音山の前懸は、最高級の更紗を祭の懸装品として用いることができた京都の町衆の実力を象徴する。武家から町人へ、文化の担い手がシフトしていく姿が見える。

Chapter 4
Indian Sarasa as Japanese Culture

The social status of sarasa was established primarily in the second half of the 18th century, with the publication of collections of Indian sarasa patterns such as the Sarasa Benran (1788). The famous Hikone sarasa, a collection of 450 sarasa fragments kept by the Ii family of the Hikone han, is thought to have been created at about the same time, the close of the 18th century. The existence of Hikone sarasa itself demonstrates that Indian sarasa was treasured, even in small fragments.
This chapter traces the widespread adoption of sarasa into Japanese culture. The tea implements used for the tea ceremony (both matcha and sencha) in the latter Edo period reveal that sarasa was enjoyed by many. The Indian sarasa cloth used as a hanging of Minami-kanninyama floats in the Gion Festival in Kyoto in the 19th century is also on display, with related items. One can imagine the wealth of the townspeople of Kyoto of the time, able to use top-quality sarasa fabric on their festival float. The incident demonstrates the gradual shift in the core of Japanese culture from the warrior to the merchant class.

高校生、カンガをデザインする
12月に入って、一通の封筒が美術館に届きました。鹿児島県立明桜館高校から。表書きの 「カンガ」デザイン画在中 の文字を見て、どきどき。なんと、ギャラリートークを聞きに来て下さった、家庭科の鳥飼由紀子先生が、「服飾手芸」の授業でカンガを紹介してくださり、「カンガのデザイン」を自習課題としてくださったのです!生徒のみなさんは先生が購入してくださったカンガを身につけた上で、デザインをしてくださいました。どれも心がこもっていて、メッセージも一生懸命考えられていて、感激!!!全部紹介したいのですが、涙をのんで、その一部を。ケニアやタンザニアの方に見てもらいたいです。明桜館高校2年生「服飾手芸」選択の皆さん、カンガ素敵でした!鳥飼先生、知らせて下さって本当にありがとうございます。(I_I) 

2014年11月24日(月)

そして、更紗の時代は続く
人の思いや言葉には、未来を創る力があるという。
更紗が生命をもって、いろんな場所で生き続けるように、
展覧会のタマシイもきっと生き続けて、変転しつつ、
どこかでまた芽吹く。と、予言しちゃいます(笑)。
作品を出品して下さった皆様、見に来て下さった皆様、
支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。
22日に竹口さんが書いてくださった、更紗の文章を、今こそ味わいつつ。(I_I)


2014年11月24日(月)

とっとっと@ケンビと「更紗の時代」、本日24日が最終です
ほぼ同じ時にスタートした、二つの展覧会が今日終わります。
実は、この2展は、そっと手をつなぎあっていたのでした。
福岡県立美術館の竹口学芸員が、当館のインド更紗の断片を、鹿児島寿蔵さんの紙塑人形と飾って下さると聞いた時、脈拍が早くなったものでした。
ひと月以上「有馬皇子」のそばにつき従っていた、インド更紗の罌粟の花たちは、今日その旅が終わると知っているでしょうか。

ふたつの展覧会、もう一度巡っていただければ幸いです。
16時からのケンビでのクロージングトーク、ぜひご参加ください!(I_I)


2014年11月22日(月)

インドからのお客様
この展覧会のために、急遽ビザをとってかけつけてくださいました。「更紗といえば、ロンドンのV&A美術館、と思っていたけど、これからは日本に問い合わせをすればいいわね。」とはいえ、この方はイギリスの雑誌でこの展覧会のことを知られたのですが…。ともあれ、世界が単線でなく複線でつながっていくことは、嬉しい事です!(I_I) 


2014年11月22日(月)

日本が誇るカンガ
11月16日、2度目のギャラリートークの日。超スペシャルなお客様がいらしていました。第6章で展示をしている日本製のカンガを実際作っておられた方々です。大同マルタ染工株式会社にお勤めだった吉岡悠さんと、昭南工業社にお勤めだった萩原理一さん。御年80歳を過ぎられたお二人が、関西からわざわざ出向いて下さいました。感激のあまり(許可もいただかずに)、トークの最後にお二人をご紹介し、当時のことなどお話いただきました。写真の右側が昭南工業社のカンガ。惚れ惚れするようなデザインです。左側が西日本新聞でも紹介された大同染工のグリーン・ワックス。その色の美しさゆえに売れに売れたそうですが、吉岡さんからは、驚きの発言が。「こんなに色が濃くて、みなさんこれを一度も使ってないとお思いでしょうが、何度も何度も洗濯しているのですよ。」この染料は、時を経る毎に色が深まるという、夢のような染料だったそうです。そして、美しい布を作っておられたお二人は、今も、ため息が出るほどおしゃれで格好良かったのでした。本当にありがとうございました。(I_I) 


更紗展の情報は、福岡市美術館facebookページでもお知らせしています。