霜降地花文様更紗茶壺袋
インド、17世紀
個人蔵
Bag for tea leaf jar
India, 17th century
Private Collection

茜地幾何学文様経緯絣更紗間着(格天井) | インド、コロマンデル海岸、16-17世紀 | 個人蔵
Under Robe | Coromandel Coast, India, 16th - 17th century | Private Collection
撮影:山崎兼慈 | photo by Yamasaki Kenji

はじめに 第1章 第2章 第3章 第4章 第5章 第6章

第2章
大航海時代と日本

 日本人にとって「更紗」という言葉は、懐かしくも異国の響きのする言葉である。染料として茜や藍を用い、さまざまな文様を色鮮やかに木綿地に染め上げたインドの染物を、日本人は長く「更紗」と呼んできた。日本で、「更紗」という言葉が使われ始めたのは、おそらく17世紀に入ってからのことで、それ以前には「しゃむろ木綿」という言葉の用例がある。「しゃむろ」とは暹羅(シャム)、すなわちタイを指し、インド更紗がかつてタイ経由で日本にもたらされていたことを物語る。江戸時代の初期に、イギリスやオランダとの交易でもたらされた更紗を武家の文化に取り入れたのは、大名茶人・小堀遠州(1579−1647)であった。裂に造詣の深い遠州は、更紗を茶道具の包裂に用い始めた。遠州が誂えさせたとされる茶道具の包裂は、江戸時代初期にどのような更紗が日本にもたらされたかを、端的に示している。
 本章では、江戸時代初期に日本にもたらされた更紗を中心に展示する。

Chapter 2
Japan in the Age of the Great Navigators

The word "sarasa" is a familiar one to the Japanese, but carries with it the lure of other lands. Indian textiles, dyeing a variety of patterns into color fabric with brilliant madder and indigo, has been called sarasa in Japan for centuries. The word is thought to have first appeared in Japanese in the early 17th century, replacing the older term of Shamuro cotton. The word shamuro itself refers to Siam (modern-day Thailand), revealing the trade route that Indian sarasa travelled on its way to Japan. In the early Edo period, sarasa fabrics obtained through trade with Britain and Holland were adopted into the warrior class culture by renowned tea ceremony master Kobori Enshū (1579-1647). Kobori was intrigued by fragments of sarasa, and began using sarasa to wrap his tea implements. The sarasa fragments Kobori used reveal one of the ways the fabric entered Japanese society in the early Edo period.
This chapter offers exhibits on the entry of sarasa into Japan in the early Edo period.

高校生、カンガをデザインする
12月に入って、一通の封筒が美術館に届きました。鹿児島県立明桜館高校から。表書きの 「カンガ」デザイン画在中 の文字を見て、どきどき。なんと、ギャラリートークを聞きに来て下さった、家庭科の鳥飼由紀子先生が、「服飾手芸」の授業でカンガを紹介してくださり、「カンガのデザイン」を自習課題としてくださったのです!生徒のみなさんは先生が購入してくださったカンガを身につけた上で、デザインをしてくださいました。どれも心がこもっていて、メッセージも一生懸命考えられていて、感激!!!全部紹介したいのですが、涙をのんで、その一部を。ケニアやタンザニアの方に見てもらいたいです。明桜館高校2年生「服飾手芸」選択の皆さん、カンガ素敵でした!鳥飼先生、知らせて下さって本当にありがとうございます。(I_I) 

2014年11月24日(月)

そして、更紗の時代は続く
人の思いや言葉には、未来を創る力があるという。
更紗が生命をもって、いろんな場所で生き続けるように、
展覧会のタマシイもきっと生き続けて、変転しつつ、
どこかでまた芽吹く。と、予言しちゃいます(笑)。
作品を出品して下さった皆様、見に来て下さった皆様、
支えて下さった皆様、本当にありがとうございました。
22日に竹口さんが書いてくださった、更紗の文章を、今こそ味わいつつ。(I_I)


2014年11月24日(月)

とっとっと@ケンビと「更紗の時代」、本日24日が最終です
ほぼ同じ時にスタートした、二つの展覧会が今日終わります。
実は、この2展は、そっと手をつなぎあっていたのでした。
福岡県立美術館の竹口学芸員が、当館のインド更紗の断片を、鹿児島寿蔵さんの紙塑人形と飾って下さると聞いた時、脈拍が早くなったものでした。
ひと月以上「有馬皇子」のそばにつき従っていた、インド更紗の罌粟の花たちは、今日その旅が終わると知っているでしょうか。

ふたつの展覧会、もう一度巡っていただければ幸いです。
16時からのケンビでのクロージングトーク、ぜひご参加ください!(I_I)


2014年11月22日(月)

インドからのお客様
この展覧会のために、急遽ビザをとってかけつけてくださいました。「更紗といえば、ロンドンのV&A美術館、と思っていたけど、これからは日本に問い合わせをすればいいわね。」とはいえ、この方はイギリスの雑誌でこの展覧会のことを知られたのですが…。ともあれ、世界が単線でなく複線でつながっていくことは、嬉しい事です!(I_I) 


2014年11月22日(月)

日本が誇るカンガ
11月16日、2度目のギャラリートークの日。超スペシャルなお客様がいらしていました。第6章で展示をしている日本製のカンガを実際作っておられた方々です。大同マルタ染工株式会社にお勤めだった吉岡悠さんと、昭南工業社にお勤めだった萩原理一さん。御年80歳を過ぎられたお二人が、関西からわざわざ出向いて下さいました。感激のあまり(許可もいただかずに)、トークの最後にお二人をご紹介し、当時のことなどお話いただきました。写真の右側が昭南工業社のカンガ。惚れ惚れするようなデザインです。左側が西日本新聞でも紹介された大同染工のグリーン・ワックス。その色の美しさゆえに売れに売れたそうですが、吉岡さんからは、驚きの発言が。「こんなに色が濃くて、みなさんこれを一度も使ってないとお思いでしょうが、何度も何度も洗濯しているのですよ。」この染料は、時を経る毎に色が深まるという、夢のような染料だったそうです。そして、美しい布を作っておられたお二人は、今も、ため息が出るほどおしゃれで格好良かったのでした。本当にありがとうございました。(I_I) 


更紗展の情報は、福岡市美術館facebookページでもお知らせしています。